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大阪地方裁判所 昭和47年(わ)406号 判決

本籍

東大阪市大蓮東二丁目一四六四番地

住所

八尾市東久宝寺三丁目六番七号

鉄工業経営

西田悦子

昭和一一年二月一五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき当裁判所は検察官藤本徹出席のうえ審埋を遂げ、次のとおり判決する

主文

被告人を懲役一年及び罰金三、五〇〇万円に処する

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する

この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、八尾市上尾町四丁目一番地の七において、西田鉄工所の商号で機械部品の製造業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、

第一、昭和四三年分の所得金額が一〇二、八〇七、〇四二円で、これに対する所得税額が六七、六二二、三〇〇円であるにも拘わらず、公表経理上、売上げの一部を除外し、架空の仕入れ及び外注費等を計上するなどの行為により、右所得金額中九六、一七五、五九四円を秘匿したうえ、昭和四四年三月一四日八尾市本町所在八尾税務署において、同税務署長に対し、昭和四三年分の所得金額が、六、六三一、四四八円で、これに対する所得税額が二、二六二、三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により所得税六五、三六〇、〇〇〇円を免れ、

第二、昭和四四年分の所得金額が一三〇、七〇一、四八八円で、これに対する所得税額が八八、二二七、〇〇〇円であるにも拘わらず、前同様の行為により、右所得金額中一二四、八一四、〇六〇円を秘匿したうえ、昭和四五年三月一一日前記八尾税務署において、同税務署長に対し、昭和四四年分の所得金額が五、八八七、四二八円で、これに対する所得税額が一、八三八、八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により所得税八六、三八八、二〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

判示第一の事実につき

一、八尾税務署長作成の証明書(昭和四三年分の確定申告に関する分)

一、東洋信託銀行大阪支店証券代行部作成及び株式会社石川製作所株式課作成の各回答書

一、押収にかゝる昭和四三年買掛簿二綴(昭和四七年押第六〇三号の二二)、昭和四三年分源泉徴収簿一綴(同号の二六)

一、被告人作成の昭和四六年五月八日付確認書(工場の新築修繕に関する分)

判示第二の事実につき

一、八尾税務署長作成の証明書(昭和四四年分の確定申告に関する分)

一、収税官吏の井上泉三に対する昭和四六年五月六日付質問てん末書

一、辻井網雄作成の確認書

一、押収にかゝる請求書四冊(昭和四七年押第六〇三号の一七)、昭和四二年度仕入張一綴(同号の二〇)、昭和四四年買掛簿二綴(同号の二三)、同年仕入帳一綴(同号の二四)、同年分源泉徴収簿一綴(同号の二七)及び精算書綴一綴(同号の二八)

一、被告人作成の昭和四六年五月八日付確認書(車両購入に関する分)

判示全事実につき

一、収税官吏作成の井上成子、井上杲三(昭和四六年五月二〇日付)、北村和義、米野久子に対する各質問てん末書

一、井上成子(二通)、井上杲三、辰巳英太郎の検査官に対する各供述調書

一、井上成子作成の確認書

一、別所守の検察官に対する供述調書抄本

一、国税査察官調査書類綴二冊(国税局査察記録第二一号、第二二号)

一、押収にかかる受入・支払ノート一冊(昭和四七年押第六〇三号の一)、無題ノート五冊(同号の二)、無題ノートはさみ込みメモ一綴(同号の三)、売掛帳別口分一綴(同号の四)、屑鉄売上明細帳一冊(同号の五)、手帳一冊(同号の六)、資産台帳一冊(同号の七)、従業員資金台帳一冊(同号の八)、給料支払明細帳一冊(同号の九)、給料精算明細帳一冊(同号の一〇)、印鑑一二個(同号の一一)、ゴム印二三個(同号の一二)、「別」と表題のあるノート一冊(同号の一三)、「売上帳」と表題のあるノート一冊(同号の一四)、「NO2」と表題のあるノート一冊(同号の一五)、無題ノート三冊(同号の一六)、納品書控三冊(同号の一八)、出金伝票一冊(同号の一九)、昭和四三年度仕入帳一綴(同号の二一)、及び手形帳一冊(同号の二五)

一、収税官吏の被告人に対する質問てん末書六冊

一、被告人作成の昭和四六年三月二六日付、同年五月一〇日付、同月一一日付(二通)、同月一七日付 同月一九日付、同月二〇日付各確認書及び同年六月二三日付供述書

一、被告人の検察官に対する供述調書三通

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人はいわゆる簿外経費として昭和四三年度に少なくとも五〇〇万円(得意先会社の担当者に対する運動費及び接待費)、昭和四四年度に少なくとも八六三万円(前同趣旨の運動費及び接待費五〇〇万円並びに沖縄旅行の際購入して得意先関係者に贈与した宝石等の土産物代三六三万円)を支出しているので、これらの金額を公訴事実の所得金額から減額すべきである旨主張するので検討するに、被告人は第九回公判廷及びその作成にかかる昭和四九年五月一〇日付明細書(第九回公判調書末尾添付)において右主張に沿う供述をしているけれども、他にこれらの支出のあったことを裏付けるに足る証拠はなく、右供述もにわかに措信し難い。(すなわち、前記採用の各証拠によると、被告人は国税局査察の段階から大阪機工その他の得意先担当者に対し簿外の運動費等を支出している旨申立て、国税局においてその申立にかかる金額をそのまま認め、昭和四三年度については九五〇万円、昭和四四年度については七四〇万円を簿外経費として認容しているものであることが認められるが、それ以外になお支出しているものがあるというのが弁護人、被告人の前記主張、供述であるところ、もし被告人の云うとおりであるとすると、昭和四三年度には得意先の上層部でもない一担当者個人に対し、多い者では一五〇万円、少ない者でも六〇万円にものぼる金員を渡しているということになり(前記明細書)、何故にこのような多額の運動費ないし接待費が必要であるかという点を考えても、かかる支出があったとすること自体に多大の疑問がもたれ、受領事実を証する資料等裏付け証拠のない限り、被告人の前記供述は採用し難いといわなければならない。沖縄旅行の土産代に関しても事情は全く右と同様である。なお、かりに被告人の供述するとおりの支出があったとしても、このような得意先に対する運動費、接待費あるいは贈与した土産物代として支出された金員が所得税法上すべて当然に所得金額から控除すべき経費となると解すべきものではなく、経費として認容しうるのは、支払先が明らかであって、事業取引との関連が具体的に背認される場合であり、かつ取引高等に照らし社会通念上相当と認められる金額の範囲内に限ると解すべきであるが、被告人は将来の取引に支障を生ずるということを理由として支払先を具体的に明らかにすることを拒否しているため、被告人の述べる支出が経費として相当な範囲のものであるか否かを判断することができない。この事情と、前述のとおりすでに国税局において昭和四三年度につき九五〇万円、昭和四四年度につき七四〇万円(と沖縄旅行の土産物代として四一万九〇〇〇円)を簿外の経費として認容していることを考え合わせると、それ以上さらに被告人供述の支出を簿外経費とはたやすく認定し得ないところである。

弁護人は、右運動費等の支払先を明らかにしてこれらの支出を直接裏付けることは、奨来の取引に支障があるためできないので、間接的に右支出の存在を財産増減法の面から立証するとして、その関係で「被告人は、昭和四一年一〇月頃田村殖に一、五〇〇万円を貸付け、昭和四二年五月頃、昭和四三年九月頃及び昭和四四年六月頃、それぞれ五〇〇万円づつ返済を受けた」旨主張し、証人田村殖は第八回及び第一六回公判廷において、被告人も第九回公判において、それぞれ右主張に沿う供述をしているところ、これらの供述には検察官が論告において指摘するとおりの不明確な点、不審な点があり、また、一、五〇〇万円もの高額の金が当時さほど親密な間柄ではなかったと思われる被告人と田村との間で借用証すら取り交わさずに貸借されたとする点でも、さらにはこのように多額な金員の貸付け、その使用あるいは返済に際しては、貸付け資金や返済資金の調達、借受け金費消等の過程で、何らかの形でその客観的証跡が残り、後日になっても或る程度それらの貸付け資料が得られるはずと思われるのに、本件ではかかる証拠は何ら提出されていない点でも、右田村や被告人の供述はにわかに採用し難く、田村に対する弁護人主張の貸付及びその返済の事実はこれを認めるに由ないものといわなければならない。

以上のとおりであって、簿外経費についての弁護人の主張はいずれも採用することができない。

(法律の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条一項、一二〇条一項三号に該当するので、情状により所定の懲役刑と罰金刑(但し罰金の額は同法二三八条二項により判示免れた所得税の額に相当する金額以下とする)を併科することとし、以上の罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により判示各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年及び罰金三、五〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、諸般の情状に鑑み同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

よって主文のとおり判決する。

(青野平)

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